「宿命通りに生きる」べきかどうか。

こんにちは。自分らしさ研究家のさえきです。

わたしは算命学を勉強し始めて今年で10年目ですが、いま3つの算命学スクールに並行して通っています。

スクールごとにテキストや解釈や補足説明が違うので、毎回新しい発見があって本当に味わい深いものになっています。いや~めちゃ楽しい。

それで今日のテーマが浮かびました。

あ、そうそう。算命学では『宿命』=『持って生まれた、一生変えられないもの』として定義してます。

ズバリ、結論は

「宿命通りに生きる」は
正しいとも言えるし、正しくないとも言える。
です。

なんじゃそりゃ。て思いますよね。

でもこれが真実。

要は「あなたが『宿命通りに生きる』ことを幸せと感じるのかどうか」ってことなんです。

あなたがそれで満足なら正しいし、

宿命通りなんてイヤ!ということなら、正しくないことになります。

スクールでも解釈が分かれている

これね、実は算命学のスクールでも微妙に解釈が分かれるところなんです。

スクールAでは「宿命を活かして、自分を伸ばしていきましょう」と言っていて

スクールBでは「宿命通りに生きると、その宿命なりの幸せが得られます」と言っていて

スクールCでは「好きに生きろ」的な解釈をしています。

スクールBが一番厳しい表現をしてるな~と感じています。実際に授業を聞いた者としては「宿命通り生きなきゃダメだ」と言われている感じだったので。

なぜ、そういう厳しめの表現になるのかというと、スクールBが教育ママ的だからなんですよね。転ばないように、失敗しないように、痛い目・イヤな目に合わないように「あなたにはこの生き方がいいのよ」を示すみたいな。ある意味で、愛があるから。

同じように言い換えると、スクールAは「逞しく元気いっぱいに生きて、やがてリーダーになるのよ」的な教育方針で、スクールCは「可愛い子には旅をさせよ」的で放任主義な感じです。

うーん、こうして見るとどれも間違いではないような感じがしませんか?

わたし個人としてはスクールCの考えに近いですね。どんな宿命だろうが好きに生きればいいと思ってます。ただこれはわたしが「冒険・チャレンジ・自由」を好む星を持っているからかも知れません。

逆に、「安定や堅実」の星を持っている方の場合は「『宿命通りに生きる』方が安心できるし幸せ」と思うのかもしれないですね。

生き方を意識しようがしまいが、ある程度は自然と宿命に沿った形になっていきますしね。

転んでみないと分からない

子育てをする中で、親が子に「危ないからやめなさい!!」と注意をするシーンて多いと思います。

熱いお味噌汁を「まだ熱いからふーふーして飲んでね」と言っても、ふーふーせずに口を付けて「あちっ!」となってから「あ!本当に熱いんだ!」とか「ふーふーしたら温度が下がるのか!」を体感して学んでいきますよね。

いくら前もって危険や注意点を伝えていても、逆をやって失敗してみないと、それが合っているかどうかは分からないものです。

しかもその子が熱いものが平気なタイプだったら「え?別に熱くないよ。普通に飲めるよ」とか思っちゃうわけで。

正しい正しくない、合っている合ってない、向いてる向いてない、幸せ不幸せは、すべて相対性の世界。

「相反するふたつ」があって初めて、比較して評価ができるもの。

ただ、「自分自身」って現実的に1人しかいないじゃないですか。別の方法を選んでどんな結果になるのかなんて、どこまでいっても仮想の話。パラレルワールドがあってたくさんの自分が同時に存在していたとしても、それを認識できているのは「その世界の中の自分ひとり」で、どれが一番幸せなのかなんて比べられないんです。

占い師・鑑定師が「あなたはこういう星を持っていて、こういう宿命ですよ。こういう方向性が生きやすいですよ、自分を伸ばしやすいですよ」と伝えて、仮にその人がその通りに生きていたとしても「今のこの状態がベストかどうか」なんて判断はしづらいもの。

順風満帆で上手く行っているようでも、本人は「実はもっといい生き方・方法があるんじゃないか」なんて思っていたりする。

今が「そこそこ幸せ」と言われればそんな気もするし、「めちゃくちゃ恵まれてて十分幸せですよ」と言われればそんな気もするし、「今なんて底辺ですよ!もっと幸せになれますよ!」と言われてもそんな気がしてしまう。

自分が自分をどう評価しているか、どう思っているだけかなんですよね。

そうなるとやっぱり「好きに生きればいいじゃん?」と思ってしまう訳です。

「答え」はあなたの中にある

算命学を10年勉強してたって、結局答えはコレなんです。

あなたの人生はあなたのものだから、慎重に行っても、大胆に行っても、ゆっくり行っても、早く行っても、どう生きていっても、それは誰かに侵害されるものではないです。

算命学に限らずとも、占いや鑑定・誰かからのアドバイスを、参考にして意識するもよし、そんなの関係ねー!と気にせず行くもよし、前はこうだったけど今はこうしてる と途中で変えるのもよし。

自分がその状態で「納得できるか」「満足できるか」ですね。

わたしは宿命という目に見えない大きなものの中では、最大限自由に生きていきたい。物理的自由もあるけど心の自由も大切にしていきたいなと思っています。

あなたはどうですか?^^

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